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東京地方裁判所 昭和56年(ワ)5209号 判決

原告

三澤政明

右訴訟代理人

坂東規子

被告

安田火災海上保険株式会社

右代表者

宮武康夫

右訴訟代理人

中村光彦

主文

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一主位的請求について

1  請求原因第1項(保険契約の締結)、本文、(一)保険の目的、(二)保険期間、(三)保険内容及び同第2項(事故の発生)、(一)日時、(二)場所、(三)加害車、右運転者、(四)被害車、右運転者、右同乗者、(五)態様の各事実は当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉によれば、原告は本件自動車を所有し、自己のために運行の用に供するものであると認められ、他に右認定に反する証拠はない。

3  〈証拠〉を総合すれば、訴外山根浩及び同梶原恵は、本件交通事故によりそれぞれ頸椎捻挫の傷害を負つたことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

4(一)  〈証拠〉を総合すれば、訴外山根は右受傷により人的損害を被り、その構成する損害項目は治療費、休業損害、後遺症逸失利益、慰藉料であつて、その合計金額は金二八六万円を下らず、訴外梶原は前記受傷により人的損害を被り、これを構成する損害項目は治療費、休業損害、後遺症逸失利益、慰藉料であつて、その合計金額は金六八五万円を下らないことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

(二)  訴外山根は右人的損害の填補として自動車損害賠償責任保険金一五六万円を、訴外梶原は右人的損害の填補として自動車損害賠償責任保険金二五七万円を各受領したことは当事者間に争いがない。

5  〈証拠〉によれば、原告は、昭和五五年四月一五日、訴外山根並びに同梶原との間でそれぞれ本件交通事故に関する損害賠償につき前記4項、(一)、(二)認定の内容の賠償義務と填補を含む示談契約を締結し、昭和五五年一一月末日までに、訴外山根に対し残金一三〇万円を、同梶原に対し残金四二八万円をそれぞれ支払つたことが認められ、他に右認定を左右する証拠はない。

6  次に、被告は本件保険契約につき「運転者年齢二六歳未満不担保」の特約があり、訴外三澤一雄は本件交通事故の当時満二〇歳であつたと主張するので、この点につき検討を加える。

保険契約者が必要事項の記載された保険申込書に署名(押印)してこれを保険者に交付したとき、右記載内容の申込の意思表示がなされたと解するのが原則であるが、右意思表示の有無、解釈は、単に申込書への署名(押印)とその交付という形式的事実の具備を見るだけでは足りないこともある。例えば、運転者年齢の制限による担保範囲の縮少といつた重要な特約条件を付する旨の意思表示の有無は、右署名及び交付の事実のほか、保険者あるいは保険募集を行なう者により当該保険契約者(となるべき保険申込者)に対し契約締結前に特約条件が告知されたことをも勘案して決しなければならないと解する。かく解さなければ、契約内容を正確に理解することに慣れていない消費者が、右特約があるために契約締結時において既に保険契約を結ぶ利益が完全に失なわれているのに、あえて特約をなす旨の意思表示にでることを防止できないからである。さらに、運転者年齢二六歳未満不担保の特約につき合意ありしこと及び特約に該当する事実があることの立証責任は保険者が負うというべきである。

(一)  本件自動車(被保険車)を運転し本件交通事故を起したのは原告の子である訴外三澤一雄であり、昭和五一年一二月三日の事故発生の当時満二〇歳(昭和三一年一〇月一八日生れ)であつたことは当事者間に争いがない。

(二)  そこで原告と被告の間に右特約の合意があつたか否か、を見る。

〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認めることができ、右認定に反する〈証拠〉は前掲各証に比照して採用できず、他に右認定に反する証拠はない。

(1) 原告と被告の間には、昭和四七年九月以降、前記本件自動車につき自動者保険契約が存続し、その推移は以下のごとくである。

① 自動車保険契約。(Ⅰ)保険期間は昭和四七年四月三日から同四八年四月三日午後四時まで(昭和四七年九月から保険の目的が他の自動車から前記本件自動車に変更された。)であり、(Ⅱ)対人賠償は一名につき金一〇〇〇万円、一事故につき金一〇〇〇万円である。

② 自動車保険契約。(Ⅰ)保険期間は昭和四八年四月三日から同四九年四月三日午後四時までであり、(Ⅱ)対人賠償は一名につき金一〇〇〇万円、一事故につき金一〇〇〇万円である。

③ 家庭用自動車保険契約。(Ⅰ)保険期間は昭和四九年四月三日から同五〇年四月三日午後四時までであり、(Ⅱ)対人賠償は一名につき金二〇〇〇万円、(Ⅲ)対物賠償は一事故につき金一〇〇万円、(Ⅳ)家族搭乗者傷害については記名被保険者、配偶者一名につき金二〇〇万円、父母子一名につき金一〇〇万円である。

④ 家庭用自動車保険契約。(Ⅰ)昭和五〇年四月三日午後四時から同五一年四月三日午後四時までであり、(Ⅱ)対人賠償は一名につき金二〇〇〇万円、(Ⅲ)対物賠償は一事故につき金一〇〇万円、(Ⅳ)家族搭乗者傷害については前年に同じである。(以上の事実は、当事者間に争いがない。)

(2) 訴外森田直四郎は、被告の損害保険代理店の使用人であるが(この点は、当事者間に争いがない。)、昭和四七年ころ自動車保険契約の締結に際し、原告とその妻訴外三澤秋子に対し運転者年齢二六歳未満不担保の特約につき書面及び口頭で数回にわたり説明をした後、原告の右特約に関する合意を得、その後は毎年、右年齢制限の特約について説明を特別にすることはなかつたけれども、原告は右特約に合意して来た。

(3) 昭和五一年四月三日締結された本件保険契約につき右特約の合意に至る経緯は次のとおりであつた。

① 訴外直四郎は、昭和四九年四月三日締結の保険契約の保険期間が満了する約一ケ月前以前に原告に対し「自動車保険ご継続のご案内」(はがき)を送付し、そこには継続する保険契約の条件の一つとして二六歳未満不担保の約定があることが記載されている。

② 次いで、訴外直四郎は原告方に架電し、訴外三澤一雄に対し原告の自動車保険契約継続の意思を確認すること、及び「前年通りでいいですか、変つたことはありませんか。」と尋ねて連絡方を依頼し、運転者年齢制限の特約について特別の説明ないし意思の確認をすることはなかつた。

③ 訴外一雄は右連絡内容を母訴外三澤秋子に伝え、同訴外人から契約内容につき特段の指示を受けることもないまま保険料を渡され、昭和五一年四月三日、訴外直四郎が持参した自動車保険更改申込書(ここには運転者年齢二六歳未満不担保の特約の記載がある。)を見たうえ父原告に代り印鑑を押捺して右申込書を同訴外人に交付し、同時に右特約に対応した金額の保険料を支払つた。その際、訴外直四郎から右特約の話は出ず、訴外一雄も本件自動車の利用状況などの話をしてはいなかつた。

④ その後、被告は運転者年齢条件二六歳未満不担保の記載ある「自動車保険証券」と「自家用自動車保険普通保険約款および特約条項」(小冊子)を原告に送付したが、原告からはなんらの異議もなかつた。

⑤ 訴外三澤一雄は昭和五一年一二月三日本件交通事故を発生させ、翌日ころ、本件保険契約には運転者年齢二六歳未満不担保の特約が付いていることを発見し、これを母訴外秋子に伝えたところ、同訴外人は失念していた右特約につき「ああそうだつたかなあ。」と思うに至つた。

⑥ 原告は、昭和五二年一月一八日、二六歳未満不担保の特約の削除を被告に申込み、同月二八日被告は不足の保険料を追徴して契約内容の右変更を承認した。被告はその後の二月二日本件交通事故を知つた。

⑦ 訴外一雄は、昭和五一年二月ころ、父原告が病に倒れたので(二月末から四月末まで二ケ月間入院治療を要した。)、勤務先である訴外スイス堂時計店を退職し父一人で営む時計商の家業を継ぐために原告宅に住い始めた。

そして、本件保険契約を締結した日の一ケ月ほど後の五月ころから自動車教習所に通つて、同年一一月二二日運転免許を取得し(この点は当事者間に争いがない。)、以後はもつぱら訴外一雄が本件自動車を利用していた。

⑧ 訴外直四郎は、原告と同業者であり、ともに東京時計宝飾眼鏡組合立川支部に属し、昭和五一年三、四月ころ、同訴外人はその役員を勤めていたので原告と面識はあつたが、原告の健康状況、家庭内の事情、自動車の利用状況などについては知るところはなかつた。

以上認定の事実によれば、原告は二六歳未満不担保の特約のあることが明記された申込書に押印し、申込書を被告に交付し、右契約の締結前には「はがき」で右特約を付けるか否かにつき告知を受け、次いで電話で契約内容につき確認の電話まで受けていることが認められ、また原告には、息子の訴外一雄が本件契約締結時には未だ運転免許を持たず本件自動車を利用する可能性もなかつたのであるから右特約を付する利益があつたのであり、以上を総合して解釈すれば、原告は本件保険契約の締結に際し右特約を付する旨の意思表示をなしたと認めることができる。そして被告は右申込を承諾しているのでこの点につき合意があつたというべきである。したがつて、原告の被告に対する保険金の支払を求める本訴主位的請求は理由がない。

二予備的請求について

1  原告は、予備的に被告に対し保険募集の取締に関する法律一一条に基づく損害賠償請求をする。すなわち、被告の損害保険代理店の使用人訴外森田直四郎は原告に対し、本件保険契約の締結に先立ち、運転者年齢二六歳未満不担保の特約を告知すべき義務があるのに、これを怠り、原告に損害を加えたというのである。

保険募集の取締に関する法律一一条は、保険契約者の利益保護と保険事業の健全なる発達をはかるため(同法一条)、損害保険代理店等が、保険料を使い込みをしたとき、あるいは一般大衆が保険に対する知識の乏しいことを奇貨として不徳義な行為にでたときなど、募集あるいは募集と密接な関連のある行為につき違法行為をなし、これにより保険契約者に損害を加えた場合に、保険会社が直接損害賠償義務を負うべきことを定めるものである。同規定は保険会社が、代理店等に対する監督義務違反という過失責任を負うべきことを定めたものではなく、代理店等がした民法七〇九条の不法行為について代位責任、すなわち無過失責任に近い中間責任たる使用者責任を負うべきことを定め、民法七一五条では使用関係の要件につき争いとなる危険性を排するために直接不法行為者の範囲を明定したものである。したがつて、保険会社に同法一一条の賠償責任を帰するには、損害保険代理店及び代理店の監査役以外の代表権を有しない役員又は使用人に保険契約者の法益侵害につき故意又は過失という有責性あることを要すると解するのが相当である。

2 訴外直四郎は、前記認定のように被告の損害保険代理店の使用人であるが、保険募集につき過失、つまり右特約の告知義務違反があるかどうかについて次に検討を加える。

(一) 保険募集取締法一六条一項一号が代理店等保険を募集する者に対し保険契約の契約条項のうち重要な事項を告知すべき義務を課するのは、保険契約者の利益保護と公正競争の確保にあり、ことに保険契約者を保護するために、保険契約の募集の段階での告知義務制度を設けたものである。保険期間が一年間である保険契約は毎年契約を締結することになるが、そうした場合も、保険募集を行なう者は毎年、契約締結前の募集段階で重要事項の告知を保険契約者(となるべき保険申込者)に対してなすべきは当然である。その告知は実質的にかつ直接的に行なわれなければならない。しかし、その方法には文書と口頭があり、それぞれ長短所があるので、いずれかによるべきとはいえず、また両者を併用しなければならないとまでもいえない、と解する。

(二) 運転者年齢二六歳未満不担保の特約は、保険契約の内容として担保範囲を著しく縮少させるものであるから、契約の重要事項に該り、保険募集を行なう者は募集につきこれを告知しなければならない。

(三) 前記認定の事実によれば、訴外直四郎は保険募集の段階において二六歳未満不担保の特約が付されることの記載がある「自動車保険ご継続のご案内」と題されたはがきを原告に送付し、次いで電話で「前年通りでいいですか、変つたことはありませんか。」と保険契約の内容全般にわたり確認を行なつた後、右特約の明記された「自動車保険更改申込書」を原告の閲覧に供し最終的な契約内容の確認を促すなどの手続をとり、いわば右特約につき文書及び口頭の双方によつて一応告知したものと認められる。しかし、右特約に関する右のような抽象的な口頭の告知は前に送付されたはがきと後で渡された申込書と一体となつて始めて告知の意味をもちうると見るべきであるから、文書による告知の明確性、実質性がさらに究明される必要がある。〈証拠〉によれば、はがきの最下段の年齢条件欄には小文字により「26才未満不担保」と記載があつてその下にタイプにより零という数字に似た○印が打刻されていたと認められ、他に右認定を左右する証拠はない。この記載によれば、特約の内容は分り易く、文字等も単純明確であり、不明瞭な点はなく、なんらかの誤解を与える危険もない(タイプによる○印が手書きに較べて顕著性に欠けるとはいえ、趣旨の明確さにおいて欠けるところはない。)。また〈証拠〉によれば、自動車更改申込書には中央部分に「特約」欄があり、「26才以上担保」の文章の箇所に右同様のタイプによる○印が打刻されてあることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。この記載も右と同様であり、書面全体の様式から見ても誤解を与える虞れはない。したがつて、文書による右特約の告知は実質的にみても正当な表現、方法によつてなされていると認められ、前記のような抽象的な発言による口頭の告知も両者相俟つて有意なものと認められる。(なお、被告が原告に対し契約締結後に保険証券と共に送付した「自家用自動車保険普通保険約款および特約条項」と題する小冊子には、〈証拠〉によれば、右二六歳未満不担保の特約につき大きな文字と見易い文章による説明と注意書きが印刷されていること(同冊子一頁)が認められる(他に右認定に反する証拠はない。)が、これは契約締結後の送付文書であるから、告知義務の履行として見ることはできない。)

しかるとき、使用人訴外直四郎は原告に対し保険募集につき二六歳未満不担保の特約につき適法な告知をしていたと認められ、他に同訴外人になんらの過失も認められない。

3  また、前記認定のように原告は、当時、右特約を付けて保険契約を結ぶ利益があつたのであり、将来において訴外三澤一雄が免許を取得したときに原告の望む保険契約の条件をいかにすべきか、を理解したいとする立場は、それに対する侵害態様が特段のものでないかぎり、未だ保険募集取締法の法的保護を与えるべき法益ということはできないと解される。右特段の事情を窺わせるなんらの証拠もない本件においては、原告の本訴予備的請求は右過失のない点のほか、この点においても理由がないといわなければならず、その余の点を判断するまでもなく失当といわなければならない。

三以上の次第であるから、原告の本訴主位的及び予備的各請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(稲田龍樹)

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